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ヨーガとプライオリティ:1

私の好きな音楽の一つに「酒・女・歌」があります。character4
ヨハン・シュトラウスⅡのワルツです。ウィーフイルハーモニーのニューイヤーコンサートでもよく演奏されます。この曲は、ルターの名言に触発されて作られたそうです。
「酒と女と歌を愛さない者は、生涯馬鹿で終わる」
宗教改革で有名なマルティン・ルターの言葉だそうです。

これを、私的に解釈してみますと、
「美味しいものを食べてお酒もちょっと嗜んで、恋愛をして、音楽や様々な芸術を楽しまなければ人生つまらない」ということになります。

ところが、ヨーガでは、これは全部、有害か、無駄か、邪魔なものになります。
そういうものを全部排除して、サマーディを目指します。
ですから、ヨーガを深めていきますと、グルメには興味がなくなりお酒も飲まなくなり、ヘルシーなベジタリアンになり、恋愛にも淡白になり、人工的なものには心を動かさなくなり、おしゃれにも関心が薄れ、自然を愛するようになっていきます。そこに至上の幸福が見出されるからです。

けれども、人間の仕事はそのほとんどが、お酒やおいしい食べ物、人工的な芸術や文化に関連しているのではないでしょうか?ところが、ヨガやマインドフルネスや瞑想をしていると、本来の自分の「役割」へのモチベーションが下がることが多々あります。そもそも、「世捨て人」を目指すものなのですから、実社会は煩わしく感じられてしまいます。
ところが実は、ヨーガでは、実社会での自分の役割を全うすることが一番の修行であり、とるべき道でもあると説きます。
一見対立することですが、ヨーガでは正反対のことでも対立しません。
両極端に見えることは、遠く離れた両極になるのではなく、一つのものの裏と表という感じです。もしそう思えないで、「こうでなければならない」と思うと、それはかなり苦しいことです。そしてそのこと自体が執着になります。本来、至上の幸福を求めるものであるのに、その過程で苦しんだり悩んだりするのであれば、ちょっと立ち止まっても良いかと思います。

ヨーガは心身の両面にとてもよく効きます。ですが、その効果は、私たちが望む形に現れるとは限りません。身体の例は、サプリのたとえでお話ししています。(ヨーガとプライオリティ②
私たちが気がついていないところにこそ大きな問題があると、身体・心が判断した場合、そこから結果が出てしまうのではないでしょうか?それが、私たち自身が望むか望まないかにかかわらずです。

多くの人の場合、実社会での役割を全うすることは大切なことで、そこに至上の幸福が見出せるものです。そしてそこで「執着」や「渇望」を取り除き「ぶれない自分」を確立するヨーガの智慧を取り入れると、実社会を活き活きと楽しく過ごせるのではないでしょうか?

何事もほどほどに、そしてそれぞれに見合ったものを見合った量取り入れることが望ましいのではないかと思います。平たく言えば、本物のヨーガを深く学びたいけれど、形からは入らない、というところでしょうか。
もし、自覚して「世捨て人」を目指すのであれば、それは実社会からの「逃げ」ではないか、自問してみましょう。「逃げ」でなければ素晴らしいですし、「逃げ」だったら、それは多分うまくいかないでしょう。